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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)139号 判決

原告 武田薬品工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五五年審判第一五四二三号事件について平成元年四月二〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五四年三月二二日、別紙(1)に示したとおりの構成より成り、旧第五〇類「紙、及び他類に属しないその製品」を指定商品とする登録第五三七七七七号商標(昭和三三年八月一九日商標登録出願、昭和三四年六月二四日設定登録、以下「本件商標」という。)について、商標権存続期間の更新登録出願(昭和五四年商標登録願第二〇三八八八号)をしたところ、昭和五五年八月四日拒絶査定を受けたので、同年八月二一日審判を請求し、昭和五五年審判第一五四二三号事件として審理された結果、平成元年四月二〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年六月五日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成、指定商品、登録出願日、設定登録日、及び更新登録出願日は前項記載のとおりである。

2  これに対し、原査定において「商標の使用事実を示す書類は、医薬品の販売促進のための宣伝として配布するサービス品を表示するにすぎないので、本件商標をその指定商品「おりがみ」に使用しているものとは認められない。したがつて、この出願の商標は、商標法第一九条第二項ただし書第二号の規定に基づき、登録できないものと認める。」として、その出願を拒絶したものである。

3  そこで審理するに、請求人(出願人)が本願につき提出した登録商標の使用説明書及びこれに添付した商標の使用事実を示す書類(パンフレツト)によれば、これには、本件商標を付した「おりがみ」が掲載され、かつ、その価格が示されているのが認められる。

しかしながら、該「おりがみ」は、請求人が実施している販売促進のための宣伝サービス用品中の一つであつて、しかも、これを購入することができる者は、タケダ会に登録されている薬局・薬店(以下「登録薬局」という。)に限定されている点においては、何人も自由にこれを購入することができないものと認め得るところである。そして、前記登録薬局は、自己の営業品目の販売促進のための宣伝サービス用として、顧客に該「おりがみ」を無償配布するものと判断するを相当とする。

そうとすれば、該「おりがみ」は、これを入手する者が限定されており、取引の流通過程におかれたとはいい難いものであるから、それ自体が独立の商取引の対象物たる商品ではなく、商品たる医薬品等の単なる広告媒体にすぎないものであり、いわゆる商標法上の商品とは認められないものであるといわざるを得ない。

してみれば、商標権者及び通常使用権者が本件商標をその指定商品について使用しているものとは認められず、結局、本願は商標法第一九条第二項ただし書第二号に該当するもので、登録することができない。

三  審決の取消事由

審決は、原告らが本件商標を使用した「おりがみ」は、商標法上の商品とは認められないとした点において判断を誤つたものであり、違法であるから取り消されるべきである。

1  商標法は、商品とは何かを特に定義していないから、社会通念に基づき、かつ、商標法が商標を独占排他権として保護している目的をも勘案して定義すべきである。そうだとすれば、商標法は市場において転々流通する商品の識別標識としての商標を独占排他権として保護することを目的とするものであるから、商標法上の商品は、それ自体使用価値・交換価値を有し、取引市場において貨幣と交換することを目的として流通する有体動産であると解するのが妥当である。

このような観点から、原告がその使用を証明する証拠として提出した「おりがみ」(以下「原告おりがみ」という。)についてみるに、原告おりがみは、原告がタケダ会の登録薬局の販促品の一つとして、本件商標権の通常使用権を許諾した株式会社カンナルに、その包装の表面左下に本件商標を表示させて販売させたものであり、一般市場で市販されている商品「おりがみ」と同種の使用価値、交換価値を有し、かつ有償で販売されている商品であることはその形態・態様や価格が表示されていること等により明らかである。そして、株式会社カンナルは、販促品や贈答品を取り扱つている会社であつて、原告以外の多数の者の宣伝サービス品をも販売し、これらの商品と同種商品をも店頭に陳列しており、原告の宣伝サービス品のみを専門に取り扱う会社ではない。

したがつて、原告おりがみは商標法上の商品であるとすべきものである。

審決は、他の商品の広告の媒体として使用される販促品は、商標法の商品ではない、としている。

なるほど、一定の商品を販促品として、又は広告の媒体として使用する者にとつては、それが無償で顧客に配布されるものであることを勘案すれば、その限りにおいては該商品は流通過程を外れたものであるから、該商品を広告の媒体として使用する者との関係においては、相対的には独立の商取引の対象たる商品であるとはいい得ないであろう。しかしながら、原告おりがみは本件商標をその包装に表示して、原告の委嘱した「おりがみ」の販売業者から有償で市販されているのであり、これを購入する登録薬局はこれらの業者から本件商標を目印として、他のマークの「おりがみ」から識別して購入するのであるから、これらの者にとつては、原告おりがみは「おりがみ」としての使用価値、交換価値を有し、かつ取引の流通過程におかれた商品であることは明らかである。

また、たとえ原告おりがみを購入し得る者は、タケダ会の登録薬局に限定されているとしても、これらの者は販促品として他の「おりがみ」を購入して使用することもできるし、また原告おりがみを顧客その他の消費者に有償で販売することも可能であるし、さらに販促品として使用する場合においても、本件商標を付した他の各種販促品と比較し、任意の販促品を選択し得るのであるから、「おりがみ」の販売業者と登録薬局との関係においては、原告おりがみは相対的な意味においても登録商標を識別標識として、商品として販売され、商品として購入されるものであることは明らかである。すなわち、原告おりがみは原告委嘱の「おりがみ」の販売業者から、原告の製品を販売する登録薬局に本件商標を付して有償で販売されているものであるから、相対的な意味においても商品として流通している「おりがみ」であり、したがつて商標法上の商品である。

さらに、商標権存在期間の更新登録出願の場合における出願人の指定商品についての登録商標の使用に該当する行為は、文理上出願人の権利行使行為であるが、この場合においては文理上の権利行使行為の中から、特に実質上権利行使行為に該当しない行為を文理にかかわらず権利行使行為に該当しないものとして、登録商標の指定商品についての使用の中から除外しなければ商標法の目的に沿い得ないというような事由は存在しない。流通のある段階においては相対的には特定人との関係においては商品といい得ないような物品であつても、他の段階においては商品として流通しているような商品は、客観的には商標法上の商品である。更新登録の出願時においては、その時点における取引の通念上は登録商標の表示行為が出所標識としての使用とは認められないような表示行為であつても、そのような表示行為が繰り返えされているうちに、出所標識として取引界において認識されるようになることもあることは、しばしば認められるところである。

そうだとすれば、更新登録出願の際に使用を証するものとして提出された資料における「商品」が客観的に商標法上の商品であり、また、これに表示されている「登録商標」が一〇年間の存続期間中に出所標識として機能する蓋然性がある限りにおいては、たまたま流通の特定の段階において、特定人との関係においては相対的には商品とはいい得ず、またそこに表示された「登録商標」が出所標識とは認められないような表示の態様であつたとしても、商標法の文理上「登録商標の指定商品についての使用」なる行為が認められる限り、相対的に商標法上の商品であるか否か等を問うことなく、「登録商標の指定商品についての使用」があつたものとして更新登録を認めるのが商標法の目的に沿うものである。

2  原告は、「販売促進のための宣伝サービス品のごあんない」なるリーフレツト(甲第三号証の一中の使用説明書(1)及び(2)に添付のもの)をタケダ会の登録薬局に無償配付しているが、該リーフレツトの表紙左上部には本件商標が社標として表示されており、右社標の表示は、多数の商品に関する広告に営業商標を附する行為であるとも解することができるから、この意味においては、原告自身も多数の販促品の一つとしての原告おりがみについて、本件商標を広告的に使用しているものであるともなし得るものである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

いわゆる商標法上の商品であるか否かは、その商品がそれ自体交換価値を有し、独立の商取引の目的物であつて、かつ、流通過程にのせられ得るものであるか否かによつて決められるべきである。

原告おりがみは、原告指定の販売会社である訴外株式会社カンナルがタケダ会の登録薬局に限り販売している各種宣伝サービス品の中の一物品であつて、前記薬局等の取扱い商品の販売促進に活用される目的のもとに販売されるもので、一般取引の対象として市場を転々と流通すべき状態に置かれることを目的に販売されるものではない。すなわち、訴外株式会社カンナルは、原告の下請会社といい得るもので、原告医薬品の宣伝サービス品のみ専門に取り扱う会社とみられるものである。そして、タケダ会の登録薬局は、同訴外会社に原告おりがみを申し込み(代金振込み)、後日、同訴外会社より申込者に送付される販売システムになつており、このように取引者、需要者が限定され、かつ、原告おりがみを購入した登録薬局は、これを顧客に宣伝サービス品として無償で配布するものであることからすれば、同訴外会社と登録薬局との間では原告おりがみが有償で取引されるものであつても、これが商標法上の商品に当たるものとはいえない。

原告は、原告おりがみは一般に市販されている商品「おりがみ」と同種のものである旨主張する。

しかしながら、一般に、問屋・小売店等に販売されている商品「おりがみ」は、その流通過程において、不特定多数の取引者、需要者を対象とするものであつて、取引上何人も自由に購入し得るものでなければならない。しかるに、原告おりがみのように、購入者を限定したり、あるいは、他の商品の単なる広告媒体とする形態のものは、一般に市販され得るものではない。

また、原告は、審決の認定、判断が商標法の目的に反する趣旨の主張をしているが、宣伝サービス品としての原告おりがみについて本件商標の使用行為があるからといつて、原告おりがみが商標法上の商品として認められない以上、本件商標をその指定商品について使用したものとはいえないから、審決に原告主張の誤りはない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  商標法において「商標」とは、標章(文字、図形若しくは記号、若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合)であつて、業として商品を生産し加工し証明し又は譲渡する者がその商品について使用するものであり(商標法第二条第一項)、使用される自己の特定の商品を他の商品から識別する、すなわち、商標の付された商品の出所を表示するためのものである。

そして、商標法は、この商標を保護することによつて、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発展に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする(同法第一条)ものであるから、商標法における「商品」とは、商取引の目的物として流通性のあるもの、すなわち、一般市場で流通に供されることを目的として生産され又は取引される有体物であると解すべきである。

ところで、商標権の存続期間の更新登録の出願をする者は、その出願前三年以内に商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが指定商品について登録商標を使用していることを証明しなければならない(同法第一九条第二項ただし書第二号、第二〇条の二第一号)が、商標法における商品の意味が前述のとおりである以上、指定商品について登録商標を使用しているというためには、登録商標をかかる意味における商品に使用しなければならないというべきである。

2  原告は、原告が本件商標の存続期間の更新登録の出願に際し、その使用を証明する証拠として提出した「おりがみ」(原告おりがみ)は商標法上の商品に該当する旨主張するので、まず、この点について検討する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証の一によれば、原告は訴外株式会社カンナルに本件商標の通常使用権を許諾していること、及び原告は、タケダ会の登録薬局に対して「販売促進のための宣伝サービス品ごあんない」(昭和五四年三月)と題する資料を無償配布した(このことは、原告の認めて争わないところである。)が、右資料には、お子様用サービス品の一つとして、別紙(2)のとおり本件商標を付したおりがみの包装が「おりがみ(150mm×150mm)一〇〇セツト二四〇〇円」の記載とともに示されており、「お申し込み要領」として「〈1〉サービス品申し込み書(振込み用紙)にて郵便局にお振込みください。(中略)〈3〉郵便局に備えつけの振込み用紙をご利用の場合は「口座番号大阪六九一四七 株式会社カンナル」宛お振込み下さい。(中略)〈5〉勝手ながら本制度の適用は「タケダ会」に登録された薬局・薬店様に限定させていただきます。」と記載されていることが認められ、右記載事項によれば、登録薬局は、右資料から必要とするサービス品を選び、代金を訴外株式会社カンナルに振り込み、品物の引渡しを受けた後、これを顧客に無償配布するものと推認できる。

以上の認定事実によれば、タケダ会の登録薬局が原告から配布された前記資料を検討し、宣伝用サービス品として原告おりがみを選択し、品名数量等を記載した申込書とともに代金を訴外株式会社カンナル宛に振込むことによつて、同訴外会社とタケダ会の登録薬局との間には、宣伝用サービス品として薬品等の販売品とともに顧客に無償配布される原告おりがみの売買契約が成立するのであり、原告おりがみは商取引の目的物として一般市場の流通に向けられているものでないことが明らかである。すなわち、原告おりがみは、タケダ会の登録薬局という特定の者に対して、薬品等の販売品とともに顧客に無償配布されるという特定の目的のもとに引き渡されるのであつて、これを買い受ける者にとつてその出所は明確であり、本件商標が原告おりがみに付されていることによつてその出所を識別するものでなく、しかも買い受けたタケダ会の登録薬局は薬品等の販売品とともに宣伝用サービス品としてこれを無償配布するのであるから、原告おりがみをもつて、一般市場で流通に供することを目的とした有体物ということはできない。

原告は、原告おりがみは、訴外株式会社カンナルとタケダ会の登録薬局との間で売買されるものであり、一般市場で市販されている商品「おりがみ」と同種の使用価値、交換価値を有し、有償で販売されている商品であるから、販促品であつても商標法上の商品とすべきものである旨主張する。

しかしながら、原告おりがみについての訴外株式会社カンナルとタケダ会の登録薬局との売買及びこれを買い受けた登録薬局の使用形態が前述のとおりである以上、これが一般市場において商取引の目的物として流通に向けられている「おりがみ」と同種の商品ということはできないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、原告おりがみを購入し得る者がタケダ会の登録薬局に限定されていても、これらの者は、販促品として他の「おりがみ」を購入して使用することもできるし、原告おりがみを顧客その他の消費者に有償で販売することも可能であり、販促品として使用する場合も他の各種販促品と比較し、任意の販促品を選択できるから、販売業者と登録薬局との関係においては、原告おりがみは商品である旨主張する。

しかしながら、登録薬局において販促品として他の「おりがみ」を購入して使用できることや、原告おりがみ以外の販促品を選択できることは、原告おりがみが商標法上の商品とはいえないとした前記の認定、判断に何ら影響するものでないことは明らかであり、また、原告おりがみを買い受けた登録薬局がこれを消費者に有償で販売していることを認めるに足りる証拠はなく、たまたまそのようなことがあつたとしても、原告おりがみがもともと商取引の目的物として流通に向けられているものでない以上、そのことから直ちに原告おりがみをもつて商標法の商品であるとすることはできない。

さらに、原告は、流通のある段階においては相対的には商品とはいい得ないような物品であつても、他の段階においては商品として流通しているものは、商標法の商品であり、更新登録の出願時においては出所標識としての使用とは認められないような表示行為であつても、そのような表示行為が繰り返えされているうちに出所標識として取引界に認識されるようなことは、しばしば認められるところであるから、商標法の文理上「登録商標の指定商品についての使用」なる行為が認められる限り、相対的に商標法上の商品であるか否かを問うことなく更新登録を認めるのが商標法の目的に沿うものである旨主張する。

しかしながら、一般市場で流通に供されることを目的として生産され又は取引される有体物といえないものは商標法における商品でないことは前述のとおりであり、商標権の存続期間の更新登録における指定商品について登録商標に使用しているか否かの認定、判断に限つて、かかる意味における商品に使用しない場合でも登録商標を使用したものとして更新登録を認めるべきであるとする法文上の根拠はなく、そのように解すべき合理的理由も存しない。また、更新登録においては出願前三年以内に指定商品について登録商標を使用していることを証明しなければならないのであつて、将来登録商標の使用と認められる蓋然性があることを理由に更新登録を認めることができないことは法文上明白であり、原告の前記主張は理由がない。

したがつて、原告おりがみは商標法における商品とは認められないから、本件商標の通常使用権者である訴外株式会社カンナルが本件商標を原告おりがみの包装に附しても、本件商標をその指定商品について使用しているということはできない。

3  原告は、前記2認定の「販売促進のための宣伝サービス品のごあんない」なるリーフレツトには表紙左上部に本件商標が付されており、この表示は多数の商品に関する広告に営業商標を附する行為であるとも解することができるから、この意味においては、原告自身も多数の販促品の一つとしての原告おりがみについて、本件商標を広告的に使用しているものであるともなし得る旨主張する。

しかしながら、原告おりがみが商標法における商品でないことは前述のとおりであるから、原告が前記認定の原告おりがみが記載された「販売促進のための宣伝サービス品のごあんない」をタケダ会の登録会員に配布しても、商標法における商品に関する広告行為をなしたものとはいえないから、これをもつて本件商標権者である原告が本件商標を指定商品に使用しているということはできない。

4  以上のとおりであつて、本件商標権者及び通常使用権者が本件商標を指定商品について使用しているものとは認められないから、本願は商標法第一九条第二項ただし書第二号に該当するもので登録することができないとした審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井俊彦 竹田稔 岩田嘉彦)

別紙

(1) 本件商標

(2) 本件商標を表示した「おりがみ」の包装紙

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